ぐらめぬ・ぜぷつぇんのはてダ(2007 to 2011)

2007年~2011年ごろまで はてなダイアリー に書いてた記事を引っ越してきました。

ああ、あの人達が何作ってるのかようやく分かった。

あの人達はソフトウェアじゃなくて、システムを作ってたんだ。
SEって「システム」エンジニアだったんだ。
しかもお金をやりとりしてるシステムだから。
あの人達がやりがいを感じるのは、プロジェクトを遂行し、調整し、システムを動かし、拡張していく事だったんだ。
なんだってそんな簡単なことに、5年近く働いてようやく分かったんだろう。自分のばかばかばかばか。

OSSに手を出してるのも、プログラミングが好きだから、自分の妄想と情念と自己満足の果てに「作りたいソフト」があってそれがOSSで実現できるから手を出してる・・・のではなくて。単にお金の問題で。だから信頼性とか性能とかにあれほど拘ってたんだ。

ソフトハウスで5年近く働いて、半年おき位にあの人達の所に手伝いに行って今回4回目。ようやく、今頃、分かったわ。

良い悪いの問題じゃない。いや、あの人達が作って維持しているシステムは間違いなく世の中の役に立っていて、無いと困るし止まると困るシステムで、お金もちゃんと回せてるシステムで食いっぱぐれがないことは確かだし、同時にあの人達のリーダーがちゃんと仕事してるし頭も良いことは十分承知の上で。

こりゃあ、単純に。好き嫌いの話だよなぁ。
どう生きるかの問題だよなぁ。
何が幸せか、という問題だよなぁ。
81世代で27歳で、どうせ成人病で長く生きられないだろうから人生50年でのこり半分切ってる今の時点でさてこれからどうしようかと改めて考えてみた時に、
果たして自分はあそこの温かい箱庭、けれどもどうにも居心地がわるくてそもそもこんなことを考えさせる程度には自分にとってはかなり鬱で、
勿論外はブリザードなのを知ってるけれど、
それでも何だか心が疲れて、
もちろん割り切りが必要でそれこそが「大人になる」ということだと分かってはいるのだけれどそれでも戦争はもうとっくに始まっていてこれから先数十年にわたって屍が累々していくことが見えてしまって、
でも結局自分はやっぱりそのなかで散華する馬鹿の一人なんだろうなぁけれども死ぬならやっぱり高度1万mを飛行中の飛行機から飛び降りて大海原に向かって墜落死したいよね、とかいうのは置いておくとしても、
やっぱり戦争が始まっててそれが一つのリズムで歴史の螺旋のフェーズの一部を為す以上は血を流して血が流されなければならなくて、
だからだから、やっぱり自分はナマモノであるのだから、せめて面白く散華して、野垂れ死にして、神様を喜ばせてやるかな、
どうせ今さら悪名の一つや二つ増えたところでイヤな思い出は既にしてあって部屋で独り言をぼそぼそ呟いている時とかに突然フラッシュバックして奇声を発して壁叩いたりとかまぁ今さらだからそれが増えたところで大して変わらないだろうし、
たとえ「大人になって」あの人達の中でおとなしく羊なのだからメェメェ鳴いて飼われていたとしてもどうせ死ぬ間際になってとか40過ぎて酒の席でぐだぐだすることに変わりないのだろうし、
とぐだぐだ思うだに。

やっぱ、辞ーめよ。

行く宛はまだ見えないけど、でもようやく地図が見えてきたから、猛獣や災害に注意して歩き回る事はできるんだ。